悟りは 言葉にはならない 6
Twitterとかブログとかやってると
こういうことがたまに起こった。
悟りを伝える以外に体が残った理由がなかったのに
伝えても伝わらないことが起こることに
なんどか嫌になった。
嫌になるのも、心の働きであるから、
それはまた内観して昇華する。
そして立て直す。
悟っても心の働きが起こるのかと、不思議に思う方もいるかも知れないが、
話すとは、言葉を構成する認識が必要になる。
認識は認識を呼び、感情に発展することができる。
だから、悟っても人と接すれば感情も使える。
まぁ… 悟り当時は中々感情に至るまで分離できず、いつも淡々としてはいたが、
その後人の世に向けて、人に見える喜怒哀楽をもう一度再構築できたのだ…!
悟りは 言葉にはならない 5
悟りを表す言葉がないのに
悟りを伝えるパラドックスに
色々調べたところ
現代で悟ったと言う人のいくつかの文献を見た。
悟りの瞬間、全部が私でした…!
とか書いてある。
ふむふむ、私すらいないが、全部私と言うのか。
それが、ないものをあらわす言葉なのか。
赤子同然のそれには、他に考える余地もなく
方便として、すべては私だと言うようになった。
しかし、私がぼちぼちTwitterで名が知れたころ、悟りたてのどっかのおっさんが、言い出した。
すべては私なんて言って、この方(くぅ)の悟りは甘いですよ。
本当の悟りの瞬間は、見るものと見られるもの、ただそれだけで、個人はいないんだから。
と、私の当時のブログをリンクして、人に語ってるのを目にした瞬間、
めんどくせぇ
そう思った。
そんなことは、とうに過ぎてんですよ。おじさん。
純粋な人、無知な人は、そうなんですかとただおじさんの話しを聞いていた。
めんどくせぇ。
めんどくせぇも方便だけど、めんどくせぇ。
悟りは 言葉にはならない 4
母は言った。
そんな訳ないじゃない。
悟りなんて、もっとこういうおじいちゃんが、なるやつよ。
………
だから、おじいちゃんもあなたもわたしもいないのだ
どうしたらいいのだ
それから、私の布教活動(笑)はぼちぼち続く事になる。
しかし、すべては采配ではあるが、彼女が母で助かった。
頭が狂った扱いをされつつも、こちらに起こったことを、時間をかけて理解しようと努めてくださった。
後に、彼女もまた悟ることになる。
悟りは 言葉にはならない 2
宇宙の源から、もう一度生活に戻るまでは中々大変であった。
正確には、大変と感じられる個人意識がないから、なんと言い表したらよいのか難しいところではあるが、
何もなき源から、分離を作ることは
ただの独り言でしかなく
永遠に自分で自分に話しかけるパフォーマンスでしかなかった。
だって、誰も居ないのだ…!
しかし家族には、その個別の肉体を自分だ、誰だと感じる自我があった。
だから、こちら(こちらとあちらはないが)に話しかけてくる(話しかけてくるという認識も成立しなかったが)。
無我でただ、家族を見つめるこの体に、梵天は言う。
返事をしなさい。
そして この体になにが起こったか、話して行きなさい。
悟りは 言葉にはならない
この数年の間に出会ったあるヨーガ行者がいる。
何十年とハタヨーガを実践し、稀少な虹の体(ゴールドドラゴンボディ)に至った行者だ。
彼は話しの中で言っていた。
「人間は肉体の死の瞬間、人生を走馬灯のように見ると言います」
悟りと言っても、この世の認識の世界においては、その段階も様々なのではあるが、
私は、肉体を持ち合わせながら、一度死んでしまった。
悟る直前、私は人生を走馬灯のように見た。ほんとうに、人は死ぬときに人生が走馬灯のように見える。
肉体が生まれてから、今の今までコマ送りに人生のすべての瞬間を見た後、
すべての自我が死んでしまった。
ほんとうにすべてだった。
そこには
分離のない
宇宙の源のエネルギーだけが
ただ、あった。
それはただ愛(空)だった。
誰も、個人は存在しなかった。
言葉もでない。
動こうとする、動機もない。
愛だった。
それから数ヶ月をかけて、この体を通し、この体が歩んだ人生がどんな風だったかを努めて思い出し、
初めはすべての認識が持てなかったので、ひとつひとつの名称から覚えた。例えばコップをコップと見ることができなかった。家族を、家族として認識することができなかった。
言葉を知らない赤子同然だった。
その体をこの世に存続させたのは、例えるならお釈迦様の話しで言うところの梵天だった。
個人的な意識はなくとも、梵天の、宇宙の叡智が体を生きた。
悟りに至るまで
短い人生で、人間に起こりえるだいたいの苦を体験し(プロフに書ききれない背景があります)
やがて自分を救うのは 自分の心でしかないと気づき
1年〜1年半、起きている間のすべてを心の観察に費やした。
ほんとうに、寝る、食べる、トイレ、風呂、以外のすべての時間を使って、観察していた。
また 同時に、自分が発したことが自分に返ってくるという宇宙の法則を元に
自分ができうる 善行を心がけた。
求めるという執着の心こそ
人間の苦の正体であるから、
求めず、与える、感謝する
を ただただ繰り返し、
更に心の観察を同時に続けていた。
当時を振り返ると、あのストイックなまでの観察と心がけは、修行僧かなにかのようだった。
感謝をしているうちに、人間だけでなく、地球上のありとあらゆるものへの感謝が生まれ、
動物が食べられなくなった。
(今は、更に続く話しがあって、菜食ではない)
当時は、人間のエゴで動物を殺傷するということを、人間が動物より上だと感じているからこそできうる傲慢さだと感じていた。
後になって、菜食であると人によっては悟りやすいエネルギー状態になるであろうことを知る。
私は無宗教であるし、当時はヨーガだとか、そもそも悟り云々という概念があることすら知らなかった。
頼るべきは少しの自己啓発本と、潜在意識についての本、そして何より本気の観察でしかなかった。
しかし、後になっていくつか文献を読んでみると、正に悟りに至るまでの僧侶やヨギ(ヨーガ行者)の過ごし方を、自然と行っていたことになる。