物質と精神のバランス

あなたが今衣食住が充分に整っているなら、苦しみとは思考感情から来ている。お腹が空いているのに食べるものがない、とか、寒いのに着る物がない、とか、暴力に耐える日々を送っている、とか、そういうことは、まず物理的な側面から状態を変える必要がある。…

内的観察

内的観察とは、地道なものです。地道だけれど、それは確かに苦からの解放の道のひとつだと思います。その過程で観察する視点が全体に溶け去り、そこに真我が現れる。 真我が現れたら、そこでゴールなのではなく、本質からこの物質世界を体験して行く始まりで…

今朝の気づき

「苦しみというのは、本能なんだよなぁ‥。」と、いう観察と共に目を覚ます朝。私はこの個体で目を覚ます毎朝、それは気づきと共に始まる。寝ても覚めてもそこには瞑想状態があり、ずっと何かに気づきながら日々を暮らしている状態だ。常にふたつ以上の認識を…

瞑想による観察メモ

今回の記事は誰かに読んで頂く目的ではなく、記録として書かせて頂きます。 瞑想による観察メモ。 虹の身体とゴールドドラゴンボディ(ゴールドフェニックスボディ)では、経由している領域がちがう。とてもとても大まかに言えば虹の身体は涅槃入りの手段のひ…

2019年、諸々。

2019年、明けました。 今年も皆さまそれぞれの体験宇宙が、心身ともに満ち足りたものでありますよう。 近況。読む方によっては今更かもしれませんし、また読む方によってはそんな方法があるんですねと言う認識になるかもしれませんが、一昨年か昨年あたりか…

理由などない 理由とは思考の紐づけだ 思考が止む時にだけ真我は現れる 真我に理由はない ないのだ 自我からは生と死があるように見えて 生を良しとし 死を避けようとする しかしどちらも生じていない 生も死も幻想だ 身体というのも視点でしかない どこから…

真我

私は誰でもないということ。 個人的な“これが私”と感じている意識は、一つの葉がこれが私、と思っているようなものです。気づきによって視点が拡張してゆけば、私とは葉であり木全体であり、土であり水であり空気であり太陽だと気づくでしょう。境目なんてな…

ただ在るただ体験する

おはようございます。ブログの更新がしばらくお休みになっていました。ブログもツイッターもメッセージを書かせて頂いている時と言うのは自然と自動的に手が動くのでその流れに任せていましたが、この数ヶ月ブログに宛てるメッセージは浮かばないままでした…

貨幣制度と純粋な望み

精神的な探求をされていらっしゃる方に貨幣制度がしっくりこない人は多いです。貨幣を用いずとも人間は生きていけることを知識的、感覚的に知っている人々は、どんなに内観しても受け入れがたい、という状態になったりする。しかし、何千年と愛や精神性につ…

初めからここに

私たちは肉体を持った初め 源と一体でした そこにはまだ“自分”と“自分以外”という認識がありません 無我とは身近なもので 皆初めはそれそのものなのです “悟りは外には無いですよ” というのはそういう事です 最初から無我だし悟りだし源なんです 源なる視点…

ほんとうのあなた

ほんとうのあなたを生きるには ほんとうのあなたに一度還るしかない なんの制限もないあなたに あなたはほんとうの自分を 思考で探していたけれど 思考の無いところに出会えるのが ずっと在った 愛そのもののあなた それは慈愛や慈悲に満ちている様とはちが…

全容

観念すら愛である。 意識が進化したとき、観念もまた愛に見えるから、そう言った面でも苦はなくなる。観念とは、宇宙の循環の一部の働きなんだ。 観念によって体験し、観念によって喜び、観念によって縛られ、観念によって己を見つめはじめ、観念から解放さ…

幻想と表現と知恵

救いたいという心は 今救われていないという認識が前提にある その認識が世界を創造しているカラクリを 気づくといい 最初から最後まで 終始全ては救われている 不足が幻想だからだ でも だからといってこの地球で 何もしなくていいということではない 身体…

体験と循環

私とは何か。いつから私なのか。そんなことを十数年前に観察していた。私とは私を私と認識した時に私だと思えるだけだ。では認識しなければ?‥。 最初は理屈で紐解いた。理屈からして、私というのは認識でしかなかった。日常を送りながら、理屈で紐解いたそ…

創造主

旅先にいます。朝6時20分です。 明晰夢を見たあとにパッと目が覚め、突き動かされるようにこうしてブログを書いています。 誰もが皆、宇宙の根源から生まれた存在ですので、本来は“居るだけ”で必要なだけその物質体(肉体)は生かされるようになっています。精…

ひとつのマルから みんなになって ひとつのマルから みんなにみえて 境なんて いちどもなかったのさ でも 境がないから 境が見える夢を見たんだ キミはずっとすべてだし キミはキミを越えた愛なんだ キミはキミを越えた神なんだ あんしんしていいよ 夢をその…

サマディー、悟りの段階。あるがままに。

なんの想念も浮かばないので、“何かを伝えたい”もない。 この記事も書かなくてもよいかなという感覚であった。 静寂の銀世界に、わざわざ足跡をひとつつけにゆくような、そんな動力が必要だ。 静かだ。 : : 先日、インドの某アシュラムに長期滞在中の友人…

悟りと環境構築

何が起きた訳ではないけれど、幸せで眠れない。と、いうような事がたまにあって、今がそれだ。そして、ハートから溢れるそんなエネルギーを、誰かという“大きな私の一部”に分けたくなる。分けたいのは個人的な私から個人的な誰かにそうしたいのではなく、私…

最近読んだ本

この本、すごい。 私はよくドライブをする。ドライブ中も無心である事が多いので、移動しても移動しても、実のところあまりリアルな感覚はないのだが、それでも景色が流れ行くのを見るのが好きだ。 ドライブをする時も、今私はどこへ行ったらより満ちる感じ…

努力してなにかを成してゆくのと 好きなことしてたら自然になにかが成されてゆくのと 何かが成される何かができるっていう結果は同じだからね どちらでも好きな道を選んだらいいよここはそういう星だ すべてが自由だ でも努力したら偉いとか努力したら認めら…

宇宙

宇宙の次元が開くっていうのは、様々な関わりの中で起こるエネルギーのやり取りが重要だね。だからと言っていつもいつも誰かと居る必要もないけれど。 たった独りになってみて、そこに生まれる様々な思考感情感覚を観察するのもそこでしか観れないなにかがあ…

幸せとは

私は約5年半セッションとか瞑想会とか 時折お話し会とか開かせて頂いて来たわけだけれど この活動を通して沢山の人に出会ったよ 敢えて言葉を選ばずに言えば (言葉に囚われるなという意を込めて) 金持ちもそうでない人も 職がある人もない人も トップクラス…

空と表現の色と無常

空の領域以外では、いかなる人間でも全てを語る事はできません。ですから所謂覚者と言えども、覚者と覚者の伝える表現が完全に一致することはありません。どんなに深く覚醒しようとそれは同じことです。なぜなら言葉にした時点で個性の色が着くからです。時…

選べるのか選べないのか

体験を選べるのか、選べないのか。 スピリュチュアル界でよく言われる話だけどね。 5次元から見れば3次元として体験できるパラレルを選べるよ。で、5次元の選択と3次元の選択は連鎖してるから、どっちが先かなんてないよね。同時に起こるから。 そして5次元…

過去世という概念とパラドックス

私はこれまで、時に過去世を語る場面があったが、それは地球のスピリュチュアルで多く語られる過去世と言う感覚とは違う。 なぜなら私の中には過去と未来がないからだ。過去がないなら過去世と言う言葉は方便になる。 そして同時にこう言い表すこともできる…

幻影

わたしはわたしは何者でもない あなたはあなたは何者でもない すべては認識すべては解釈 解釈に解釈を重ねて何かを判断し 時にあれは良いあれは悪いあれは正しいあれは間違い 無常の視点を頭や胸や腹に巡らす その視点はすべてわたしではない その視点はすべ…

すべてを内包するもの

不思議なことは それが稀なことだから不思議なのであって 常なるものとなったとき それは不思議でもなんでもない 例えば スマフォをね 江戸時代に持って行けたとして そこで誰かに見せたなら 江戸時代の人は魔法か何かだと思うかも知れない 神の仕業だ! っ…

山と蜂と様々な領域の視点

河原にいる。今年4月、東京を離れてある場所に引越しをした。30分も車で走れば山の中に入れて、綺麗な河が流れている。ひと月に何度か私はこの河原に1人でやって来て、 ---------- 今日の午後、ここまで書いたときにある事が起きた。その体験をここに記す。 …

意識の可動域

‪時々、数ある悟りの話の中でもご自身の体験を綴っている方はすくないので、興味深く読ませてもらっています、というお声をいただく事がある。‬ ‪私は人は自然と気づく力があるのを信頼しているから、そして何より私は2008年に悟った後の暮らしが手探り過ぎ…

変化

至福に溶けそうになりながら、人間の体を通して地球を体験するのは無常だと思う。すべてが移ろいでゆく。ずっと一定であることは何もない。 人生の乱気流を抜けたなら、多少の向かい風が起こる日があっても、大体穏やかでいられる。苦しみの波に飲まれてどう…