瞑想による観察メモ

今回の記事は誰かに読んで頂く目的ではなく、記録として書かせて頂きます。

 

瞑想による観察メモ。

虹の身体とゴールドドラゴンボディ(ゴールドフェニックスボディ)では、経由している領域がちがう。とてもとても大まかに言えば虹の身体は涅槃入りの手段のひとつだが、ゴールドドラゴンボディは非物質化と物質の範囲を行き来できる。(実際には行き来という相対的な表現ではおさまらない。周波数の違いだから。グラデーションのようにそれらはひと続きである。)虹の身体はある意味一方向に向けたエネルギー状態だ。開いてる領域が異なる。私はこの身体を持ってどの辺りまでの探究が進むのかは未知だし、師もいないので、手探りでしかないが、身体がある限り、意識がある限りは、今後も探究は続くだろう。それは探究したいとかしたくないを超えている。ただそのように在るだけだ。

 

(ちなみにゴールドドラゴンボディにも更に段階がある。それをゴールドドラゴンボディと呼ぶなら、ということも含めて‥。)

 

そして、私の感覚でしかない言葉を、理論的にやがては伝えるものが現れる。宇宙のバランスによって(そこまで体験宇宙が開かれれば)。既に科学的な視点で語れるマスターも存在するようだが、個体が違うから、表現も視点もまた異なるのだろう。 

 

数年後には今日書いたことが私の中で古くなるのは知っている。だからいつからか気づきの軌跡を公開しなくなった。この言葉さえ、また古くなるのだ。

 

古くなるというのは悪い意味ではない。ただ、自然の流れのように常に変化していて、同じ瞬間は二度とは訪れない。

 

でも二度と訪れないから紡ぐ目的で公開しておこうという感覚が生じた。

 

誰も、何も、掴まなくていいよ。

気づきに終わりがないことは祝福だ。

 

非物質化の観察が進むにつれて、物質世界にも以前より興味の幅が広がってきた。それもまたバランスだ。

 

執着なく

ただ 知る。